娘の声が聴けるのは、うれしい。
それなのに、その電話を切ったあと、
なぜが心がざわついてしまう。
先日、娘から届いた
「ママに会いたい」というメール。
あの日から、私の心はずっとそっと落ち着かないままだ。
大学生活といえば、
新歓や、サークルで忙しくて
毎日がキラキラしていて、
親に電話なんてしている暇もない!
私は勝手にそんな大学生活を思い描いていた。
だからきっと、
「全然連絡してくれない!」なんて寂しがる自分を想像していたのだ。
なのに現実は全然違った。
娘からは毎日のように電話がかかってくる。
声が聞けるのは嬉しい。
だけど、そのたびに、
「大丈夫かな?」「学校楽しくないのかな?」と
そんな心配が頭をよぎる。
嬉しいはずの電話なのに
その電話にさえ、私は心を揺らしてしまう。
私の心はまるで思春期みたいに。
そしてついついあれこれ聞いて、
「聞きすぎちゃった」と
一人反省会をするのだ。
☞娘から届いた「会いたい」のメールに眠れなかった夜のことはこちらに書いてあります
大学生活はもっとキラキラしていると思っていた
大学に行ったことのない私は、
大学生活と言えば、新歓やサークルで忙しくて
毎日がキラキラしているものだと勝手に思っていた。
友達がたくさんできて、楽しそうに笑って、
親に電話する暇なんてない。
そんな「華やかなキャンパスライフ」を想像していたのだ。
長女の時はどうだったっけ?
姪っ子たちは?
友人の子どもたちはどんな話していたっけ?
そんなことを思い返してみても、、
なぜか、楽しく過ごしていた記憶ばかりが残っている。
だから私は、毎日のようにかかってくる娘からの電話に、
少しだけ戸惑ってしまうのだ。
嬉しいのに、心がざわつく
電話が鳴り、娘の名前が表示される。
私はいつも、そこで大きく深呼吸をする。
娘からの連絡は、本当にすごく嬉しい。
でもその反面、
もし娘の声が不安で震えていたら。
泣いていたら。
そんなことを考えてしまい、少しだけ緊張する。
だけど電話の向こうの娘の声は、
そんな心配を忘れてしまうほど、いつも変わらない。
その変わらない娘の声を聞いた瞬間、
私はやっと、ほっとする。
娘の声一つで、一喜一憂してしまう。
そんな、自分はまるで思春期の娘のようだと思う。
(好きな人のLINE一つに揺れる高校生女子みたいに(笑))
声を聞くと、つい聞きすぎてしまう。
ほっとしたのも束の間、
今度は別の感情が顔を出す。
「大学でお友達が出来たのかな?」
「まだ寂しいのかな?」
「サークルとか入らないのかな?」
そんなことが次々と頭に浮かんできて、
私はついついあれこれ聞いてしまう。
「学校どう?」
「サークルどうした?」
「ちゃんとごはん食べてる?」
本当はただ娘の声を聴いて安心できればそれでいい。
それだけでいられたらいいと思っているのに。
でも、離れている分、知りたいことばかり増えていく。
そして私はまた、
”心配しすぎる母”になってしまうのだ。
娘はただ話したいだけなのに
娘の新生活は、まだ始まったばかり。
慣れない環境で、毎日きっと精一杯なのだと思う。
新しい人間関係。
知らない場所。
誰もいない部屋。
1日、頑張って、一人で家に帰った時、
ふと寂しくなる夜もあるのだろう。
喧嘩ばかりしていた我が家のにぎやかさを思い出して、
少しだけ。
ほんの半歩くらい、戻りたくなる時もあるのかもしれない。
だから娘は、ほんの少し私のやかましい声を聞きたいだけなのだ
安心したいだけなんだと思う。
なのに私は、つい聞きすぎてしまう。
本当は、これから新しい生活を始める娘の力を信じてあげればいいのだけなのに。
今はまだ、ちょうどいい距離をはかれないけれど。
連絡がこれば嬉しい。
でも、少し心配になる。
連絡が来なければ、それはそれでまた心配。
そして、声を聞けば、今度は聞きすぎてしまう。
なんて私は自分勝手なんだろうと思う。
今はまだ、ちょうどいい距離感がわからない。
だけど、まだ4月。
新生活は始まったばかりだ。
娘も、私も、
今はきっと、新しい距離を覚えていく途中なのだと思う。
うれしくなったり。
心配したり。
少しおせっかいを焼いてしまったり。
そんなことを繰り返しながら、
少しずつ親子の形も変わってくるのだろう。
多分、今はそれでいい。
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