思春期の子どもに対して、
「可愛くない」と思ってしまったことはありませんか?
私はあります。
小さい頃はあんなに可愛くて、
「ママ大好き」と言ってくれていた子なのに、
冷たい目で見られたり、
そっけない態度を取られたりすると、
心がすり減ってしまう。
そんな日が続くと、
大切な我が子なのに、
正直「可愛くない」とと思ってしまう瞬間が
時々ありました。
そしてそのたびに、
「母親なのに、こんなこと思ったらいけないのじゃないか」と
自分を責めたりもしました。
でも、今振り返ると、
子どもを愛していなかったわけではなく、
私自身が疲れ切っていたのだと思います。
この記事は娘2人と中学生息子の思春期を通じて感じた、
「期待を手放す」と「無関心」の違いに悩んだ
母の本音を書いています。
同じように子供との距離に悩んでいる方はこちらの記事も読まれています。
☞反抗期の中学生息子の「うざい」と言われたら|アラフィフ母がたどり着いた距離感
反抗期の子どもを可愛くないと思ってしまった日
今までは何でも話してくれたのに。
「ママ聞いて!」と、兄弟で競うように、
話をしてくれていた日々。
それがある時から、急に途切れた。
まるで心のシャッターを下ろされたような感覚だった。
子供たちの心が見えない不安。
何も話してくれない寂しさに戸惑っていた。
納得できない態度に、感情的になって怒ってしまうことも増えた。
「どうしてそんな態度をとるの?」
「なんで話してくれないの?」
と理解できないことが続くと、
あんなにかわいかったわが子のはずなのに、
正直可愛くないと思う瞬間もあった。
「もう無理かもしれない」
「逃げ出したい」
そんな風に夜中にひとりで泣いたこともある。
思春期という大きな壁を前にして、
私はきっと焦りすぎていたのだと思う。
思春期の子供に私がやってしまった関わり方
「どうしたの?」
「何かあったんじゃないの?」
「ママが力になるよ」
今思えば、これらの言葉は全部、
”聞き出そうとする言葉”だった。
良かれと思って伝えていたアドバイスも
子供たちにとっては、きっと重たかったのだと思う。
せっかく話してくれた時でさえ
私は「聞く」より先に、否定したり、正論を返したりしてしまっていた。
子供たちは、本当はただ聞いてほしかっただけなのに。
その結果に、私は自分で子供との距離を広げてしまっていたのかもしれない。
そんな私に返ってきたのは、
強い反発ではなく
”静かな拒絶”だった。
無視される。
腹を立てる。
またぶつかる。
その繰り返しの日々。
三人それぞれ違う反抗期|娘たちを通して気が付いたこと
長女は気持ちが表に出るタイプ。
長女が帰ってくると家の空気がピリっと変わる。
そんな時期もあった。
私が少しでも関わろうとすると、強く拒絶される。
理解できない私は、
腹を立ててぶつかってばかりだった。
一方で次女は、反抗的な態度をほとんど見せなかった。
私の言うことを素直に聞く子で、
「反抗期なんてないのかな」
そう思っていたくらいだ。
でも、今振り返ると、そうではなかったのかもしれない。
長女は気持ちをそのまま表に出せていただけ。
次女は、私を怒らせないように
気を使っていただけだったのかもしれない。
そして今。
社会人になった長女は
驚くほど私に寄り添ってくれるようになった。
その代わり、素直だった次女が
少しずつ反抗的な態度を見せるようになっている。
あの時、素直に甘えられなかった長女。
ずっと気を使っていた次女。
どちらの気持ちも、
私は今になって、
やっと少しだけわかるようになった。
当時は私自身も余裕がなかった。
目の前の「子供の態度」ばかりみて、
その奥にあった小さなSOSに気づけなかった。
子育ては何年たっても、初めての連続だ。
失敗して、
後悔して、
それでも少しずつ
「母親」にさせてもらっているのだと思う。
中学生息子の反抗期で、また壁にぶつかる
そして今、再び大きな壁にぶつかっている。
息子の反抗期だ。
息子は娘たちとは全く違うタイプ。
マイペースで、自分の考えもはっきりと持っている。
納得できないことには、真正面から大きな力でぶつかってくる。
だから、私も真正面からぶつかってしまう。
振り返ると、娘たちの時の私は
どこか私の「親の力」で
押さえつけていた部分があったのだと思う。
だからこそ、息子には同じやり方ではいけない。
頭では分かっている。
でも、うまくいかない。
正直に言うと、そんな息子を「可愛くない」と思ってしまう瞬間もある。
でもそれは、
息子に問題があるのではなく、
私が「こうあってほしい」と期待しているからなのかもしれない。
「期待を手放す」と「無関心」の違いがわからない
期待しているから、苦しくなる。
思い通りにいかないと、ぶつかってしまう。
「期待を手放した方がいい」
「子供をそのままを愛せばいい」
そんな言葉を、よくみかける。
でも、私はまだよくわからない。
期待しないことと、
無関心でいることの
違いが分からないのだ。
期待を手放そうとすると、
子供を突き放してしまうような気がする。
関わること自体をやめてしまうような感覚になる。
こっちの方が幸せになれるのではないか?
こう生きた方が楽なんじゃない?
それが私の価値観だと分かっているのに、
3回目の子育てになっても、
どうしても手放せない。
思春期の子供との関わり方|今の私が意識していること
「期待を手放す」と「無関心」の違い。
その境界は、今もわからず迷っています。
思春期の子供との関わりに、
「正解」なんて、きっとないのだと思います。
娘たちの時に後悔したことも、
息子に対して、うまく活かせているとも言い切れません。
でも、一つだけ分かってきたことがあります。
子供を変えようとすればするほど
関係は苦しくなるということです。(そして自分も)
だから今は、
子供に向けていた心の矢印の方向を、
少しだけ自分自身に向けるようにしています。
そんな風に自分の心を整える時間のことを書いた記事はこちらです。
☞今日は「風呂キャン宣言」お母さんを休んでワンコとドラマに溺れる一日
今までは、子供の人生が自分の人生かのように背負って
勝手に一喜一憂して、勝手に疲れてしまっていました。
でも最近は、「母親」だけではなく、
”私自身”の時間も大切にしたいと思えるようになりました。
少しでも、自分の心を満たすこと。
やりたいことを後回しにしないこと。
そうやって自分を整えることで、
以前よりは(笑)少しだけ、
冷静に子供と向き合える時間が増えた気がしています。
これが正しいのかはまだわかりません。
でも、今の私には
それが、精一杯の関わり方です。
可愛くないと思った日も必死で向き合っていた
子育てをしていると、
「ああすればよかった。」
「こうすればよかった」
そんな後悔はきっと消えないと思います。
でも、「可愛くない」思ってしまう
自分に戸惑ったときもあるし、
「逃げ出したいな。」と思った時もある。
時には間違った方向に進んでしまったこともあったかもしれません。
それでも、その時その時、
精一杯、子供たちを愛して大切にしてきた。
不器用なりに必死だったことは本当のこと。
だから今は、
そんな自分のこともちゃんと認めてあげたい。
あんなにぶつかり合った長女は、
今は一番の味方になり、
そっと私を支えてくれる存在になりました。
あの頃は、こんな日が来るなんて想像もできなかった。
今も、まだ迷走中。
息子との関わり方も、
「これでいいのかな?」と悩む毎日だ。
それでも、
子供たちの未来を信じるために、
まずは私自身が自分の人生を楽しみ、
自分を大切にすることから始めたい。
「母親」だけでなく、”私”として。
きっと、悩みながら、向き合っているのは
私だけじゃないから。
思春期の子供とのかかわりについては、
まだ迷いながらですが、これから少しずつ記事にしていきたいと思っています。
反抗期の子どもに疲れてしまう理由についてはこちらにも書いてあります。
☞中学生の反抗期で母親が疲れる理由|自分の感情に振り回される私
思春期の息子とスマホを巡ってぶつかる日々については、
こちらにも書いてあります。
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