あれ?と思い始めた日
今日は社会人になった長女の話をしようと思う。
我が家の長女は小さな頃から
とても繊細な子だった。
朝起きた時に隣に寝ているのが、
私じゃなくパパだっただけで、
大声で、
「ママがいい~!」と泣き声をあげて
パパを困らせたりもした。
保育園の時はおとなしくて、
いつも隅の方で、本を読んでいた。
真面目で、優しくて、
誰かが困っていると、放っておけない。
時には、まじめすぎる正義感から、
友達ともめて泣けてしまうこともあった。
そんな長女も、
大きくなるにつれ
少しずつ変わっていった。
学級委員をやったり、
部長を任されたり。
学校では、
しっかり者と言われるようになった。
その一方で、
家では少しずつ口数が減り、
自分の部屋で過ごす時間が増えていった。
最初は、
「どうしたのかな?」
「何かあったのかな?」
なんてくらいに軽く考えていた。
だけど、その小さな変化は、
私が考えていたよりも、
ずっと大きなものだった。
娘の気持ちが見えなくなった
気が付けば、家の中で笑うことが
少なくなっていた。
兄弟と一緒に何かをすることも減り、
いつも部屋で過ごすことが多くなった。
私が話しかけても、
いつもめんどくさそうに、
短い返事をするだけ。
学校であったことも、
友達のことも、
何も話してくれなくなっていった。
「思春期だからかな。」
そう思いながらも、
どこか胸の奥がザワザワしていた。
そんなある日、
ママ友から、思いがけない言葉を聞いた。
「○○大丈夫?友達とうまくいってないみたいだよ。」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
毎日一緒にいるのに、
娘が友達のことで悩んでいることさえ、
私は何も知らなかった。
娘のことが全然わからなくなっていた。
同じ家で暮らしているのに、
心がどんどん遠くなっていくように感じた。
その頃は些細なことから
大喧嘩になることも増えていった。
ある日、
「何かあるなら教えて!」
と詰め寄る私に、
「ママには言っても分からない」
と一言だけ言った。
少し前までは、
当たり前に話をしていた娘が、
急に遠い存在になったように思えた。
とても寂しかった。
とても不安だった。
私は、どうしたらいいのか
本当にわからなかった。
☞長女との反抗期を経験したあとも、
私は次女、そして息子との距離感に何度も迷ってきました。
3人の思春期を通して感じたことはこちらにも書いています。
中学生息子の反抗期で「可愛くない」と思った母の本音|期待を手放す難しさ
あの頃の私は必死だった
言い訳をするつもりはない。
でも、あの頃の私は
毎日を無事に終わらせるだけで精いっぱいだった。
保育園に通う息子。
小学生の次女。
そして、何を考えているのか分からなくなっていく長女。
それぞれの予定を確認して、
ご飯を作り、
送り迎えをして、
夜勤にも行く。
その頃は、
自宅で母子のサークル活動も始めていて、
いつも何かに追われるように過ごしていた。
娘がイライラしていることに気が付いていた。
家の中で、笑わなくなっていったことも、
兄弟との会話が減ったことも、
本当は見えていたはずだった。
それでも私は、
「思春期だから仕方ない」
そう思うことで、
どこか安心していたかったんだと思う。
心配していなかったわけではない。
ただ、立ち止まって
娘の気持ちを考えるだけの余裕がなかった。
何か言われれば、
その言葉や態度に腹を立てる。
私も感情的になって、
娘と同じように大きな声を出してしまう。
娘がどうして怒っているのかを考えるよりも先に、
「どうしてそんな態度をとるの?」
と責めてしまった。
耳を傾けているつもりで、
私は自分の言葉ばかりを返していた。
「ママに言っても分からないよ。」
あの言葉は、
ただ私を拒絶したかったわけではなく、
本当はずっと、
「分かってほしい」
という娘の気持ちだったのかもしれない。
あの頃の私は、
娘の心を見ようとするよりも、
目の前の態度をどうにかしようとしていた。
もっと耳だけでなく、
心を傾けてあげられたらよかった。
今になって、
そんな風に思う。
前を向いていたのは娘の方だった
長女の反抗期のような時間は、
小学校の高学年から中学卒業まで、
3年ほど続いた。
長女が家に帰ってくると、
家の中の空気が少し張り詰める。
妹や弟も、
いつの間にか、長女の顔色をうかがうようになっていた。
今でも時々、
「あの頃のねいねは怖かったよねぇ」と
兄弟で笑って話すことがある。
当時の私には、終わりが見えなくて、
娘の心がどんどん離れて行ってしまうような気がして、
とても怖かった。
そんな時間が、
中学三年の卒業を前に急に終わった。
本当に突然だった。
きっかけは高校受験だったと思う。
県内でもレベルの高い高校を目指していた長女。
すごく努力もしていたし、
先生からも
「大丈夫」と言われていた。
私はどこか安心していたんだと思う。
だけど、結果は不合格だった。
合格発表を見たあと、
私はしばらく涙が止まらなかった。
娘が一番つらいはずなのに、
励まさなければいけないはずの私が、
先に泣いてしまった。
だけど、娘は一度も泣かなかった。
無理をしていたのかもしれない。
泣いている私を見て
泣けなくなってしまったのかもしれない。
そして、合格発表の夜、
「私、高校に行ったら留学したい」
そう言って、静かに笑った。
立ち止まっていたのは私の方だった。
娘はもう前を向いていた。
受験に落ちたその日の夜に、
もう高校でやりたいことを考えていた。
子どもって本当に強いな。
母親の私がいつまでも泣いていてはいけない。
「この子がやりたいことを
できる限り応援してあげよう」
受験に失敗したことさえも、
いつか娘が、
「あの経験があって、良かったな」
と思えたらいい。
そんな風に思った。
そして、その日を境に、
娘は、すごく穏やかになった。
リビングで、妹たちと並んでテレビを見て、
一緒にゆっくりご飯を食べる。
久しぶりに見る、
娘の穏やかな笑顔だった。
受験が終わったことの安堵。
その一方で、
「あんなに頑張らせてしまって、
本当に良かったのかな。」
と、胸のどこかに残る罪悪感。
行きたかった高校に行かせてあげられなかった
悲しさからもなかなか抜け出せずにいた。
それでも、
娘がリビングで笑っている。
妹や弟と、テレビを見ながら笑って
一緒にご飯を食べている。
その姿を見ているだけで幸せだった。
ただ、この時の私はまだ、
娘を信じて見守るということが、
どういうことなのか分かっていなかった。
私が「娘の人生は娘のものなんだ」
と気づくのはもう少し先のことになる。
娘の人生は娘のものだと思えるまで
高校に入った娘は、あの日話していたように、
短期間だけど留学も経験した。
吹奏楽に入り、
勉強もそれまで以上に頑張っていた。
もちろん、
娘と意見がぶつかることもあった。
でも、一つだけ大きく変わったことがあった。
娘が自分の気持ちをはっきり言うようになっていた。
「私は違うと思う」
「ママとは違うよ」
「私はママじゃないから」
それまでの私だったら、
そんな言葉にも
腹を立てていたかもしれない。
少し寂しく感じるときもあった。
でも、不思議なことに、
以前のように苦しくはなかった。
何を考えているのかわからなかった頃より、
娘の気持ちがずっと分かるようになった気がした。
そして、全部わからなくてもいいんだと思えるようになった。
(ほんの少しだけだけどね。)
「ママに言っても分からない」
そう言って何も話してくれなかった娘が、
今は、
「私はこう思うよ」
と伝えてくれる。
今まで私は、娘のためにと言いながら、
ずいぶん自分の意見を押し付けてきたのかもしれない。
そんなことにも、少しずつ気づくようになった。
そんな風に意見をぶつけ合えたからこそ、
大学進学で家を出る時、
私は
「ママはあなたのことが大好き。」
「ずっとママの近くにいてほしいと思っていた」
「でも、私とあなたは違うのだから、
ママとは違う生き方をしてもいいんだよ。」
「今まで、ママの想いを押し付けてごめんね。」
「これからはママがどう思うかじゃなく、
自分の人生を自分で選んでいいからね」
そんな風に心の底から思えた。
そして、ちゃんと伝えることが出来た。
やっと手放せたような気がした。
大好きなことも、
親でいることも、
これから心配することも変わらない。
でも、娘の人生まで、
私が背負おうとするのはやめよう。
私にとって、「手放す」というのは、
娘を遠くにやることではなく、
娘の人生を娘に返すことだったのかもしれない。
☞娘の人生を娘に返す。
そう思えるようになっても、親としての気持ちまで
簡単に離せるわけではありませんでした。
子どもが大人になっても切れない
「心のへその緒」についてはこちらにも書いています。
産婦人科ナースの私が、大人になる娘との「心のへその緒」を切れないわけ
社会人になった娘
そして、社会人になった娘は
時々、帰ってくる。
仕事で、疲れているはずなのに、
穏やかに、私の隣にそっと座り、
「何か手伝う?」と聞く。
そして、ある時、
反抗期で、私とぶつかる弟に、
「ママほど、一生懸命あなたのこと考えている人はいないよ。
ママはちょっと不器用なだけだよ(笑)」
そんな風に言った。
あの頃、
「ママに言っても分からない」
そう言った娘。
その娘があの頃の私のことも
分かろうとしてくれる。
それだけで、あの頃の私まで、
少し報われたような気がした。
今でも時々、
「ちゃんとしてほしい」
「こうした方がいいんじゃない?」
と、そんな私がひょっこりと顔を出す。
だから、娘の人生を完全に手放せたのかと聞かれたら、
多分まだ怪しい(笑)
それでも、昔とは少しだけ違う。
今はただ、
この子が私の娘でいてくれたことに感謝している。
あんなに小さくて、
「ママがいい」と
いつも泣いていた娘。
「ママに言っても分からない」と
何も話してくれなくなった娘。
「私はママじゃない」と
自分の気持ちを言ってくれた娘。
そして今、娘は少しずつ
自分の人生を歩いている。
「ママの娘でいてくれてありがとう」
…なんて言ったら、
また少し苦笑いして、
「はいね!」って優しく答えてくれるだろう。
☞小さく生まれた長女が大学を卒業した日に、
娘へ伝えたかったことも書いています。
2190グラムで生まれたあなたへ|大学卒業の日に母が伝えたいこと
