ただいまー!
玄関から聞こえた明るい声に、
私はいつものように「おかえり」と顔をあげた。
そして娘の髪をみて、思わず二度見してしまう。
真っ黒だった娘の髪が
ふんわりとしたピンク色に染まっていたのだ。
「どう?」少し照れくさそうに
でもちょっと不安そうに聞いてくる笑う娘。
私はあわてて言った。
めちゃ可愛い!似合うよ。
それは本心だった。
本当に可愛かった。
でも、その一方で、
私の心は少しだけざわついていた。
娘は嬉しそうに何度も鏡をみて、
髪を触りながら
「ほんとに似合うかなあ?」と何度も聞いてくる。
そのたびに、
「可愛いよ!」と答えながら、
私は心のどこかで、
「この子が少しずつ大人になっていくんだ」
そんな寂しさを感じていたのかもしれない。
そして、娘は私のわずかな戸惑いを感じていたかもしれない。
嬉しいはず!なのに、ざわつく心
娘のピンク色の髪を見ていると
なんだか急に、
娘がギャルになったような、
私の”知らない人”になったような気持ちになる。
もちろん、今の時代、髪を染めることくらい珍しいことでも何でもない。
ギャルが悪いわけでもない。
自由に好きなことを楽しんでほしいと思っている。
実際、私だって、若いころは髪を染めていた。
頭ではちゃんとわかっている。
そうなんだけれど、母の心は少しだけざわつく。
それはきっと髪色そのものに戸惑っているわけではない。
あの小さかった娘が、
少しずつ、
”母親の知らない自分”を持ち始めていることに、
私はまだ慣れていないのだと思う。
どこかでずっと、
あの頃のままでいてほしいと思ってしまう。
純粋無垢でいてほしいなんて、
母の身勝手な願いだと分かっているのに。
母の心は案外、簡単には追いつけないのだ。
次女の姿を見て、長女に思いを寄せる
ピンクの髪を揺らしながら、
嬉しそうに照れくさそうに鏡を見ている次女を見ていたら、
ふと、長女のことを思い出した。
そういえば長女も時々、「髪染めてみたいな」
と、ぽつりと言っていたことがあった。
でも、結局、
あの子は一度も髪を染めることなかった。
優しく繊細で、少しだけ傷つきやすい長女。
もしかしたら、私の気持ちをどこかで感じ取っていたのかもしれない。
そんな長女も、この春、大学を卒業して、社会人になった。
子供はそれぞれ違う形で、
少しずつ親の手を離れていくのだと思う。
子供は少しずつ、自分の道を歩いていく
子供の急な変化に、
まだ心が追いつかないときがある。
どんな娘でもいい。
幸せでいてくれたら、それでいい。
そう思っているのは嘘ではない。
でも、ピンク色に染まった髪を見た瞬間、
私は少しだけ寂しくなった。
髪色に戸惑ったわけではない。
それはきっと、
私からの『自立宣言』のようにも思えて、
「私の知らない人生」を歩き始めていることを感じたからだ。
もう、「守ってあげなきゃいけない小さな存在」ではない。
嬉しい。
でも少し寂しい。
母親って案外複雑だ。
子供は少しずつ自分の道を歩いていく。
そして親は、
その後ろ姿をみながら、
少しずつ「手を放す練習」をしていくのかもしれない。
これからは、ピンクの髪を揺らしながら歩く娘の隣ではなく、
後ろから、そっと見守っていく時間が増えていくのかもしれない。
簡単には切れない「心のへその緒」を、
私も少しずつ少しづつ緩めていく時期なのだろう。

