毎日鳴っていた、一人暮らしを始めた娘からの電話。
6月後半になる頃、
ふと気が付くと、その回数がぐっと減っていました。
電話が鳴るたびに、
うれしい反面、
「何かあったのかもしれない」
「寂しくて泣いていたらどうしよう」
と心配していた私。
電話が減ったということは、
少しずつ大学生活に慣れてきたということなんだ。
そう思うと少しだけほっとできる自分もいた。
でもその一方で、何日も電話が来ない日が続くと、
「何か事故や事件に巻き込まれていたらどうしよう」と、
大げさなくらい心配になってしまう。
何度もスマホをのぞいたり、
子どものインスタをチェックしたりして、
落ち着きのなくなる私。
本当に私は心配性なんだと思う(笑)。
「大学生活が充実してきた証拠」
「自立できている証拠」
そう自分に言い聞かせてみるものの、
私が待てるのは、せいぜい5日。
その頃になると、
息子に「ネイネに『元気?』ってラインしてみて!」と、
安否確認をお願いしてしまう。
…もちろん娘には私の差し金だってことは、
全部ばれているみたいだけど(笑)
毎日の電話に悩んでいた頃のことはこちら
→大学生の娘への連絡頻度|過保護な母が悩んだ「ちょうどいい距離感」
娘が見つけてくれた新しい安心の形
7月に入る頃、
ママ!このアプリ入れてみて!一緒にやろう。
と、連絡がきた。
それは、リアルタイムで
写真を共有できるアプリだった。
朝、大学へ出かける前の1枚。
お友達とご飯を食べている写真。
バイト帰りの夜道。
「今日の夜ご飯!」
そんな何気ない写真が、ポンと届く。
私も時々、
シュシュの写真や、
弟の野球姿、
その日の我が家の晩御飯を送る。
言葉はほとんどない。
いいねを押したり、
♡を送るだけの時もある。
ただ、それだけ。
でもそれだけで十分だった。
娘の表情が見えて、
友達と笑いあっている姿が見える。
「今日も元気にしているんだな」
その写真だけで、
私は安心できた。
電話じゃなくてもつながっている
毎日の電話はなくなった。
でも、写真1枚、
”いいね”一つで
「今日も元気そう」
そう思えるようになった。
最初は写真が届くたびに
嬉しかった。
でも、ふと、
こまめに送ってくれるこの写真は
娘なりの
「ママ、大丈夫だよ。心配しないでね。」という
メッセージなんじゃないかな、
そんな風に思うようになった。
友達と笑っている写真。
大学帰りのなんでもない一枚。
そんな写真が届くたび、
私は少しずつ嬉しくなって、
安心していく。
毎日の電話だった安心が、
今は何気ない写真に変わった。
子どもが成長するたびに、
親は安心できる距離を探し続けている。
でも、それと同じように、
子どもも、親が安心できる方法を
少しずつ見つけてくれているのかもしれません。
私たち親子も今、
そんな新しい距離を
少しずつ見つけている途中です。
関連記事
産婦人科ナースの私が、大人になる娘との「心のへその緒」を切れないわけ
