娘の声が聴けるのはうれしい。
それなのに、その電話のたびに心がざわついてしまう。
先日、娘から「会いたい」というメールが届いてから、
私の心はずっとそっとざわついている。
大学生活と言えば、新歓や、サークルで忙しくて
毎日がキラキラしていて、
母親に電話する暇なんてない!なんて言う娘の
そして、それを寂しがる自分の姿を勝手に想像していた私。
だから、毎日のようにかかってくる娘からの電話に
声が聞けて嬉しい反面、
「大丈夫かな?」「学校楽しくないのかな?」と
ほかの心配が頭の中を巡る。
嬉しいはずの電話。
だけど、その電話にさえ、私の心は揺れてしまう。
私の心は思春期のようだ。
そしてついついあれこれ聞いて、そんな自分にまた悩むのだ。
先日の「会いたい」のメールに揺れた夜のことはこちらに書いてあります
大学生活はもっとキラキラしていると思っていた
大学に行ったことのない私は
大学生活と言えば、新歓やサークルで忙しくてキラキラしているような
そんな「華やかなキャンパスライフ」を勝手に思い描いている。
長女の時にはどうだったっけ?
姪っ子たちは?友人の子はどんな話していたっけ?
そんな風に思い出しても、はっきりとは思い浮かばない。
何となく、楽しく過ごしていた記憶ばかり思い出してしまう。
だから、毎日のようにかかってくる電話に少しだけ戸惑ってしまうのだ。
嬉しいのに、心がざわつく
電話が鳴り、着信の表示をみると
私は大きく息をつく。
娘からの連絡はすごく嬉しい。
でも、もし娘の声が不安で震えていたらと思うと、少し緊張する。
そんな心配を忘れてしまうほど、娘の声はいつも変わらない。
その変わらない娘の声を聴いて、私はやっとほっとする。
娘の声を聴いて、一喜一憂してしまう私の心はまるで思春期の娘のようだ。
(好きな人の一言に揺れる高校生女子みたいだと自分でも思う(笑))
声を聞くとつい聞きすぎてしまう。
ほっとしたと同時に、別の感情が顔を出す。
「大学でお友達がいないのかな?」
「まだ寂しいのかな?」「サークルとかやらないのかな?」
そんなことが頭よよぎって、ついついあれこれ聞いてしまう。
「学校どう?楽しい?」
「サークルどうした?」
「ごはんたべてる?」
時々、心配しすぎる自分や、おせっかいな自分に嫌気がさすこともある。
ただ、声を聴いて安心する。
それだけでいられたらいいのにと思う。
でも、離れている分、知りたいことがどんどん増えてくる。
娘はただ話したいだけなのに。
娘の新生活は、まだ始まったばかり。
ゆっくり進めばいいのだ。
娘のペースがあるのだから。
娘は、一日、新しい環境に慣れようと頑張っている。
誰もいない家に帰って、一人になるとふと恋しくなるのだろう。
喧嘩ばかりしていた我が家のにぎやかさを思い出して、少しだけ、
半歩くらい戻りたい気持ちになるのだと思う。
ほんの少し私のやかましい声を聞いて、
安心したいだけなんだと思う。
だから私は、これから新しい生活を始める娘の力を信じてあげればいいのだと思う。
今はまだ、ちょうどいい距離をはかれないけれど。
連絡がこれば嬉しいけれど、少し心配。
連絡が来なければ、それはそれで心配。
そして、声を聞いたら、聞きすぎてしまう。
なんて自分勝手な想いだろう。
今はまだ、ちょうどいいがわからない。
でも、まだ4月。
新生活は始まったばかり。
娘も、私も、新しい距離を覚えていく途中なのだろう。
嬉しい。心配。そして、少し、おせっかいして。
そんな風にしながら、少しずつ今の生活に慣れていくのだろう。
多分、今はそれでいいのだと思う。
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