中学生息子の反抗期|子供が「可愛くない」と思ってしまった母の本音と向き合い方

子どもとの時間

思春期の子供とのかかわり方に悩んでいませんか?

「今まであんなに話してくれていたのに、急に何も話してくれなくなった」
「どう接したらいいのかわからない」
そんな戸惑いを感じている方も多いと思います。

私自身、娘2人を育ててきて同じように悩み、ぶつかり、
うまくいかなかった経験があります。

そして今、中学生の息子とまた違う形で向き合い方に迷っています。

この記事では、
・私が実際にしてしまった関わり方
・今振り返って気づいたこと
を正直に書いています。

正解ではありませんが、
同じように悩んでいる人のヒントになればと思って書いています。

同じように子供との距離に悩んでいる方はこちらの記事も読まれています。
反抗期の中学生息子の「うざい」と言われたら|アラフィフ母がたどり着いた距離感

急な変化への戸惑った思春期の始まり

今までは何でも話してくれたのに。
「ママ聞いて!」と、兄弟で競うように、話をしてくれていた日々。
それがある時から、急に途切れました。

まるでシャッターを下ろされたような感覚。

子供たちの心が見えない不安と、
何も話してくれない寂しさに戸惑っていました。

納得できない態度に、感情的になって怒ってしまうことも多く、
「どうしてそんな態度をとるの?」と理解できないことが続くと、
あんなにかわいかったわが子のはずなのに、正直可愛くないと思うときもありました。
「投げ出したい」「逃げ出したい」そんな風に夜な夜な泣いたこともありました。

思春期という大きな壁を前にして
私は焦りすぎていたのかもしれません。

思春期の子供にやってしまった関わり方

「どうしたの?」
「何かあったんじゃないの?」
「ママが力になるよ」

今思えば、これらの言葉はすべて
”聞き出そうとする言葉”だったと思います。

また、良かれと思って伝えたアドバイスも
子供たちにとっては、重たかったのかもしれません。

せっかく話をしてくれた時も
本当はただ聞いてほしかっただけなのに、
否定したり、正論をぶつけてしまっていました。
結果的に、子供との距離を広げてしまっていたと思います。

そんな私に対して帰ってきたのは、
強い反発ではなくて”静かな拒絶”でした。
無視されることに腹を立て、さらにぶつかる。その繰り返しの日々でした。

三人それぞれ違う反抗期|親としての気づき

長女はあからさまに嫌な態度を示す子でした。
長女が帰ってくると家の空気がピリピリと変わるほど、
当時は張りつめた空気が流れていました。
私が少しでも関わろうとすれば、それ自体を強く拒絶される。
「どうしてそんな態度するの?」と、
理解できない私は腹を立ててぶつかり合うことばかりでした。

一方で次女は、あまり反抗的な態度見せない子でした。
私の言うことを素直にきき、「反抗期なんてないのかな」と思うほど。

でも、今振り返るとそうではなかったのかもしれません。

長女は気持ちをそのまま表に出せていただけ。
次女は、私を怒らせないように必死で気を使っていただけだったのかもしれません。

そして今、就職し、大人になった長女は
驚くほど私に寄り添ってくれるようになりました。
代わりにかつて素直だった次女が少しずつ反抗的な態度を見せるようになっています。

あの時、素直に甘えられなかった長女の気持ち。
ずっと気を使い続けていた次女の気持ち。

どちらも今になって、やっと少しだけわかるようになりました。

当時は私自身も余裕がなく、目の前の「子供の態度」だけで判断して、
その裏側にある小さなSOSに気が付いてあげられなかった。

子育ては何年たっても、その時その時の年齢の対応は「初めて」のことばかり。
失敗しながら、後悔しながら、
一歩ずつ「母親」にさせてもらっているのだと感じます。

中学生息子の反抗期|今また悩んでいること

そして今、再び大きな壁にぶつかっているのが息子の反抗期です。
息子は娘たちとは全く違うタイプです。

マイペースな息子は、自分の考えもはっきりと持っていて、
納得できないことには強く反発してきます。

その分、私に対しても、真正面から大きな力でぶつかってくることが増えました。

振り返ってみると、上の子達の時はどこか私の「力」で
押さえつけていた部分があったのだと思います。
だからこそ、息子には同じやり方ではいけないと分かっているのに・・・。
うまくいかない。

正直言うと、そんな息子を「可愛くない」と思ってしまう瞬間もあります。

でもそれは息子に問題があるのではなく、
私が「こうあってほしい」と期待しているからだとも感じています。

「期待を手放す」と「無関心」の違いに迷う

期待しているからこそ、思い通りにならないと苦しくなる。
そして、ぶつかってしまう。

「期待を手放した方がいい」
「子供のそのままを愛す」
そんな言葉を、どこかで聞いたことがあります。

でも、考えても、考えても、私にはまだよくわかりません。

期待しないことと、無関心でいることの
違いが判らないのです。

期待を手放そうとすると、子供を突き放してしまうような気がして。
まるで、関わること自体をやめてしまうような感覚になるのです。
○○の方が幸せになれるのではないか?
○○のように生きた方がいいんじゃないか?
そんな風に思うのは私の価値観だと分かっているのに・・・。

思春期の子供との今のかかわり方|私が意識していること

「期待を手放す」と「無関心」の境界が分からず、今も迷っています。

思春期の子供のかかわりに、「正解」というものは正直まだわかりません。

娘たちの時に後悔したことも、
息子に対してうまく活かせているとも言い切れない現実です。

でも、一つだけはっきりしてきたことがあります。

子供を変えようとすればするほど
関係が苦しくなるということです。

「期待を手放すこと」と「無関心」は違うと分かっていても、
その境界は今でもはっきりしません。

それでも、分からないなりに、
今まで、子供にすべて向けていた心の矢印の方向を
少しだけ自分自身に向けることで、少しづつ距離がとれるようにもなりました。

これまでは子供の人生が自分の人生かのように背負って
勝手に一喜一憂して、勝手に疲れてしまっていたけれど
今は、「自分自身」に向けなおそうと心がけることで
少し冷静に向き合えるようになってきました。

まずは自分の心を満たして、少しでも、自分の時間を大切にすること。
やりたいことを後回しにせず、
「母親」としてではなく、「私」として過ごすこと。

それが、今の私にできる精一杯の関わり方です。

全力で向き合ってきた私へ

今まで、子育てをしてきて、
「ああすればよかった。」「こうすればよかった」
そんな後悔は消えることはありません。

でも、「可愛くない」思ってしまう自分に戸惑いながらも、
それでも全力で、子供たちと向き合ってきました。

時には間違った方向に進んでしまったこともあったかもしれません。
それでも、その時その時、
精一杯に子供たちを愛して大切にしてきたことは確かです。

そんな風に頑張っていた自分のこともちゃんと認めてあげたいです。

あんなにぶつかり合った、長女は今は一番の味方になり、
そっと私を支えてくれる存在になりました。

今は、まだ迷走中だけど、
子供たちの未来を信じるために、まずは私自身が自分の人生を楽しみ、
自分を大切にすることから始めていきたいと思っています。

そして、これはきっと、
同じように悩んでいる誰かにも、あてはまることなのかもしれません。

思春期の子供とのかかわりについては、
まだ迷いながらですが、これから少しずつ記事にしていきたいと思っています。

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