一人暮らしの娘に会いに行った三日間|安心した母と、少し寂しかった私

受験・進学

娘が一人暮らしを始めてから、
久しぶりにゆっくり会いに行くことになった。

ついこの間まで一緒にいた娘なのに、
行く前から、なんだか少し
ドキドキしていた。

会えるのはもちろん楽しみだった。

でも、私の心の奥には、
ちゃんと暮らしているのかな?
部屋は荒れていないかな?
ご飯は食べているのかな?
疲れていないかな?
そんな心配もあった。

電話では声を聞いていても、
どんな顔で暮らしているかは、
見てみないと分からない。

もし、思っていたよりしんどそうだったら、
私はどうしたらいいのだろう。

そんなことを考えながら、
娘の住む場所に向かった。

きれいな部屋を見てほっとした

娘の部屋に入って、
最初に感じたのは安心だった。

思っていたより、
ずっと部屋が整っている。
冷蔵庫の中もきれいに並んでいた。

ちゃんとやっているんだ。

娘は私が思っているよりもずっと、
しっかり過ごせているようだった。

家族で暮らしていたころは、
いつも部屋もぐちゃぐちゃに乱れていたのにな(笑)

そのことが嬉しくて、
少し驚いて、
でも、どこか寂しい。

一人暮らしなんて本当にできるのかな?
寂しくて泣いていないかな?
ちゃんと食べているのかな?

毎日話していても、
心のどこかで、
そんな心配をしていた。

でも、目の前には、
自分の好きなものを並べて、
自分のペースで暮らしている娘の部屋があった。

ああ、この子はこの子なりに、
ちゃんとやっているんだ。

そう思った。

新しい場所が娘の居場所になっていたこと

安心した一方で、
少しだけ寂しいと思う私がいた。

娘が学校に行っている間、
少しでもきれいにしておいてあげようと
お掃除しておいた。

けれど、帰ってきた娘に怒られた。

勝手に家の中さわらないでね。

その言い方が少しだけ冷たく感じて、
私は少し寂しくなった。

せっかく会いに来たのにな。
掃除だってしておいてあげたかっただけのに。

でも、それ以上に私はきっと、
まだ「母親が必要とされる存在」でいたかったのかもしれない。

私の中にそんな小さな寂しさとイラつきが湧いてきて、
たったの3日間しかいられないのに、
喧嘩をしてしまった。

娘にとっては、私と喧嘩することなんて、
いつもの日常の延長だったのかもしれない。

何事もなかったようにしている娘に
少しだけ戸惑ってしまった。

ここはもう、
私が自由に片付けたり、
勝手に整えたりする場所ではないのだ。

一緒に過ごした家ではなく、
娘の、娘だけの新しい居場所なのだと気づいた。

私の知らない街を歩く娘

夜には娘と二人で近くの焼肉屋さんへ出かけた。

いつも焼肉といえば、
家族みんなで行くものだった。

だから、二人分の量がわからない。

「あれも食べたい。」
これも頼んでみよう。

そんな風に注文していたら、
帰り道には二人で、
胃もたれするほど食べすぎちゃって、
苦しくて思わず、笑っちゃったよね。

家族で食べる焼肉とは違う。
娘と二人で食べる焼肉。

それがなんだか不思議で、
少しおかしかった。

店までの道を娘は颯爽と歩いていく。
私の知らない街を当たり前のように歩く娘の後ろ姿。

その姿を見ていたら、
何だか知らないけれど、
涙が出そうになった。

ここでちゃんと暮らしているんだな。

この街で新しい道を覚えて、
一人で買い物をして、
少しずつ、自分の生活を作っているんだな。

そう思うと、
嬉しいんだか、悲しいんだか、
寂しいんだか
自分でもよくわからない
何とも言えない気持ちになった。

喧嘩もしたけど、でも楽しい三日間

たったの三日間。

それなのに、喧嘩したり、
怒られたりもして、
親なのに、少し拗ねてみたりすることもあった。

でも、やっぱり、娘と過ごす日は楽しかった。

カフェにも行った。
雑貨屋さんも一緒に巡った。

今までは、母親として娘の隣にいたけれど、
この三日間は
少しだけ大人になった娘と、
同じ女性同士として過ごしているような気がした。
友達みたいに、
「あーでもない。」
「こーでもない。」と言いながら、
服を見たり、雑貨を見たりする時間。

昔と同じようにはしゃぐ娘を見て、
やっぱりすごく愛おしかった。

家を出た娘。

急に遠くなったように見えることもある。

でも、遠い存在になったわけではない。
ただ、前とまったく同じでもない。

甘えてくる娘もいる。
しっかりした娘もいる。
怒る娘もいる。

楽しそうに子供のようにはしゃぐ娘も。

その全部が今の娘なのだと思った。

一人でレポートに向かう姿が誇らしい

夜は疲れているはずなのに、
娘は机に向かってレポートを書いていた。

一年前、受験勉強していた時と同じように。

今までは、
「ママも起きていてほしい」と
言っていた娘。

でも、その夜の娘の口から出たのは、
「先に寝てもいいよ」という言葉だった。

そして、黙々と一人でパソコンの画面に向かう。

私は隣で、口をはさみたく気持ちを、
少しだけ飲み込んだ。

もう、私がずっと守ってあげなきゃと思っていた娘じゃない。

もう、私が全部やってあげなくても、
大丈夫なんだな。

そう思うと、少し寂しい。
でも、その姿は、とても頼もしかった。

大学生になったんだな。
一人で考えて、一人で進めて、
一人で、いろんなことに向かっているんだな。

そう思うと、とても誇らしかった。

帰り道に感じた安心と寂しさ

帰り道、
私の心の中には、
安心と寂しさが入り混じっていた。

娘はちゃんと暮らしていた。

部屋も整えていたし、
ご飯もちゃんと食べていた。

私の知らない街を歩き、
自分の生活を整え、
夜には一人でレポートに向かっていた。

その姿を見られて、
本当に良かったと思う。

会いに行く前より、
心配は少し減った。

でも同時に、
もう私がやってあげられることは、
思ったよりも少ないのかもと感じた。

娘の部屋は、娘だけの場所。
娘の暮らしは、娘のもの。

わかっていたはずなのに、
実際に目の当たりにすると、
少しだけ胸がキュッとした。

娘はしっかり生活している。
ちゃんと成長している。

私は少しずつ、
子どもを信じる練習をしているのだ。

今まで、ぎゅっと握りしめていた手を
少しずつ離していく途中なのだ。

寂しくないわけではない。

でも離れていくことは、
失うことではない。

娘が娘の居場所で、
娘らしく暮らしている。

それを見られただけで、
今回会いに行って良かったと思えた。

一人暮らしの娘に会いに行った三日間。

楽しくて、
嬉しくて、
少し寂しくて。

娘は少しずつ大人になっていく。
そんな時間。
ちゃんと成長している娘の姿を見られて時間。

一人暮らしを始めた娘との連絡頻度に悩んだ日のことは
こちらにも書いています。
大学生の娘への連絡頻度。離れて暮らす過保護な母が悩んだ「ちょうどいい距離感」の正解

娘が家を出る前にキッチンで一緒に過ごした日のことはこちら。
『ママ、ポトフ教えて』娘が旅立つ前にキッチンに立った日

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