私は産婦人科で長く働いているせいか
親子(特に母子)のつながりのことを
『臍の緒』みたいだとイメージしてしまう
物理的にはもうとっくのとんまに切れているんだけど、
心の『へその緒』はまだ繋がっているように思う時がある
子供が不安な時には、私の心もざわつき
子供が悲しい時には涙が流れ
子供が迷っているときには私の足も止まってしまう
子供がハッピーなら、私は子供以上に喜んだりもする
産婦人科では『へその緒』は、命をきちんとつなぐために切る

お母さんがお母さんになるための必要な区切り。
でも心の中はそうはいかない
「心配のしすぎ」かもしれない
「過干渉」と言われることも。
「親が毅然としていなきゃダメ」とも
だけど、私は今度社会人になろうとする長女の『へその緒』さえも
切る勇気がでないのだ(涙)
今日はそんな私の心の中の話をしてみようと思う。
過干渉!分かっているけどやめられない
「子供のこと、やりすぎ!」
そんなことは頭では十分わかっている
上手な距離をとれてるお母さんってすごい!って心の底から思う。
「子供の自立心を育てる」
それもやりたいと思っている。
なのに、私は一歩踏み込みすぎてしまう。
「子供のことを信じて見守る。」なんて素敵な響き♡
何度も自分に言い聞かせた
でも、気がつけば、手も、口も出してしまう。
時には足さえ使いたいほどに子供のことになると大変な私なのだ。
隣にすわってただ見ているだけの父親に怒り
隣では、いつも何も言わず、静かにみている、もしくは知らん顔?している父親の姿に
なぜか怒りを覚えるほどの時もある。
何もしてくれないことが、無関心に感じたり、、、
もしかしたら、私と同じようにやってほしいと思っているだけなのかもしれない。
本当は自分でもわかっている。
隣の父親は無関心なのではなく、私よりも子供との距離がうまいのだ。
本当に子供想いの優しい父親だということを。
子供は私の持ち物ではないと気が付いた日
私はやりすぎなのだ。
やりすぎるから、疲れるし、期待もしてしまう。
子供の人生は私の人生ではない。
私の思った通りにはならない。
思い通りに、なんて思っているつもりはないけれど
思い通りにならないと「こんなにやってあげてるのに!!」と
どこかでがっかりしてしまう自分に気が付く
そして、そんな自分に気が付くたびにひとり反省会をしてしまう。
「過干渉」はやさしさなのか
それとも、自分の不安を安心させたいためなのか・・・。
いつでも、自問自答の日々
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